小説:あの時のアイデンティティ(ドラクエ風味)

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【一年前】

 

 

 玄関のチャイムが鳴る。

テーブルに並んだ朝食を済ませ、学校へ行く仕度を終えると丁度いいタイミングで剣介が迎えに来た。

母と二人暮らしの生活になってからは家事も慣れたもんだ。母は先に仕事に出てるので皿洗いをして学校に行くのが俺の日課だ。建て付けの悪いドアに鍵を掛け外へ出る。

学校までの下り坂を歩く。すがすがしい朝の空気は全てが活力に満ちている。チリンチリンと自転車が追い越していく。

「この前買ったマーシャルのアンプが思ってたよりゲインが出なくてさー、返品するか迷ってるんだよね。」と、剣介が空き缶を蹴とばす。下り坂なのでテンポよく転がっていく。俺は楽器はほぼ出来ないに等しいから「ふーん」という気の無い返事しか出来ない。剣介はバンドでギターをやっていてライブハウスや学園祭でもやっている。まぁ性格も明るいし親しみやすい奴だ。

下り坂を降りきった所で横断歩道の赤信号で止まる。電柱に一週間後に控えた花火大会のチラシが貼ってある。

「桐谷が行方不明になってから、もう少しで一年か・・・。」剣介が呟く。

信号が青になる。

空を見上げる。

 

花火大会の夜、突然彼女は「帰る!」と言って機嫌が悪くなった。やれやれいつもの事か、まぁ一晩寝れば良くなると思い、家の近くまで送り届けた。

その後彼女は、消息不明になり消えた。

 

深夜に彼女の母親から「栞がまだ帰って来てない」と連絡を受る。栞の母親は泣き崩れ、近所のみんなと近くを探すも見つからなかった。

次の日から本格的に警察が動き出し、桐谷栞の捜索が始まった。

警察は事件の可能性を視野に入れて彼女の家族や俺も事情聴取を受けた。最後に栞と会っていたのが俺だから、真っ先に犯人と疑われたが、栞を送り届けた姿を近所の人が目撃していたから、俺の容疑は外された。

マスコミは騒ぎを嗅ぎつけ、黄色いテープも貼られ一時期は物々しい雰囲気があった。

それから事故として大規模な捜索がされるも、糸口が見出せず、いつしか世論からは忘れさられた。

神隠しー

そんな噂も耳にするようになった。

 

・・・栞の居ない一年間、俺は何をして過ごしていたのだろう。

 

ふと夜中にアイツから電話が掛かってくるんじゃないかと思う。何も言わなくても俺の側に居て、そんな当たり前すぎる存在が突然居なくなったら、俺は何をすればいいと言うんだ・・・。

「おーーい」と呼ぶ声がする。

信号が赤になっていた。



 

 

 

【壁】

 

 

十の中の一の割合でアルビノザトウクジラが森のさらに向うからやってくる。

真っ白なその体は斜陽の光を受け金色色(こんじきいろ)に輝く。この空を誇らしく泳ぎ、黄金色(こがねいろ)の雨を降らせる。

雨を受けた植物達はやさしい光りに包まれ、その養分を一気に蓄える。ひとしきり泳ぎ終わると森の向こうにアルビノザトウクジラは寝床へ帰っていく。

 

夜になり街に灯りが灯る。

 

この街を訪れた人達は、まず始めに街を囲む壁の高さに驚く。勿論僕も驚いた。こんな頑丈な壁見た事ない。

街に入る為の分厚い鉄の扉がある。

その横に小さく、お世辞にも綺麗と呼べない守衛小屋があり、その中から門番らしき人が僕に近づいてきた。

「アンタ・・・。初めて来たね?」

僕は頷く。

「でもどうして僕が初めてだって、分かるんだい?」

初老に見える門番は街灯りの逆光で良くは見えないが、うっすらと笑う。

「そりゃアンタを見れば分かるさ。この街は誰だって入れるんだよ。人間だろうがモンスターだろうが。・・・アンタはスライムだね?」門番の男は目を細める。僕は頷く。

「ただしアンタのその影を預からせてもらうよ。」

門番の男はナイフを握り慣れた手つきで僕と影を引き剥がして切る。影は倒れ込み息苦しそうにしている。僕は駆け寄ろうとする。

「大丈夫すぐに落ち着く。なんで影とアンタを分けるかと言うと、決まりなんだ。決まりだから仕方の無い事さ。」

影は少ししたら落ちついたのか自分で立ち上がる。

「影はこの後どこに行っちゃうの?」

門番の男は街の奥の方をゆっくりと指さして「この先に森がある。その森と街の間に影が暮らす施設があるんだよ」

錆びた金属が甲高い擦れる音を立て扉が少しだけ開けられた。僕は街の中に入る。

引き剥がされた影は、門が閉まるまでずっと僕を見ていた。

 

 

 

 

 

【夏の日】

 

 

 

彼女。本名を  桐谷栞(きりたに しおり)という。
彼女の事を一言で言うにはあまりにも突拍子の無いテイストになってしまうのだが、しいて言うならば・・・自己中。

うん。自己中以外の何物でもないのだろう。

しかしその容姿は果てしなく透き通っていて正直その辺の芸能人よりも可愛い。

彼女の素性を知らない輩からはアイドル並に扱われているが、なんせ俺は同級生の幼馴染で、雨が降ろうが槍が降ろううが、カン蹴りで永遠鬼をやらされようが、彼女の良い面も悪い面もウンザリするほど見て来たので、最早そんな風に感じられない。

 

そんな彼女との毎日はと言うと・・・、いつも、そして常に振り回されっぱなしだった。

学校帰りにさんざん買い物に付き合わされて、デパートに買い出しに行ったマスオさんのように、これでもかと荷物を持たされたり、さっきまで笑って話していたと思ったら急に不機嫌になったり、夜中に電話で起こされて意味の無い会話を永遠させられたり、俺がテストで赤点を取ったりすると母親かのように叱られたり、花火大会の時に浴衣を褒めたら怒ってるんだか嬉しがってるんだか良く分からない反応をしたり、いつも遠くを見つめてたり、笑ったり泣いたり、どんな時もいつも一緒にいた。

はたから見たら完全に付き合ってる感じに見えているだろうが、残念ながらそんな感じはこれっぽっちも無かった。いやむしろ無い方が良い!ハッハッハー

 

「運命の赤い糸って知ってる?」

いつぞやの花火大会の帰り道に彼女はそう聞いてきた。

まあそんな話なら小学生、いや今時のおませな幼稚園児ですら知っているのかも知れない。

「人は生まれた時から赤い糸で運命の相手と結ばれてるってロマンチックなやつで、恋する乙女達はそんな赤い糸を信じて、いつか目の前に白馬に乗った王子様が現れるんじゃないかってキラキラしている」

まるで舞台女優が恋するジュリエットを演技するようにわざとらしく振舞う。

「でも実際そんなロマンチックなものじゃなくて、元々はもっと残酷な話しなんだよ。」

町が見渡せる高台のベンチに腰かける。

花火の後の熱気と賑わう声が遠くから聞こえ、爽やかな風が吹き抜ける。

 

 

__その昔、神様は地球に降り立った後、開拓をするために人間を造った。

頭が二つ、丸い胴体に手足が(よんつい)。

男+男、女+女、男+女という3種類の組み合わせの人間を数千体造った。

その中でも男+女の組み合わせの人間は素晴らしい頭脳と身体能力を持ち合わせ、目まぐるしい活躍を見せた。

 

 ある時その人間達は神に反逆するようになった。
その力に悩まされた神は人間達を半分に切る事にした。

切った断面をヘソとして結びつけ顔や手足をヘソの方に向けた。

人間達は男か女だけの2種族になり力も弱くなった。

これで安心して地球開拓に臨める。神はそう思った。

しかし2つに分かれた人間達は失われた半身を求め続けた。自らの血潮を頼りに探し続けた。

ようやく追い求めた半身と出会った人間達は強く抱きしめ合い泣いた。

その生涯をただ抱きしめあって、二度と戻らない二つの体を強く強く抱き合い

死ぬまで泣いたという___。

 

「っと言うのが運命の赤い糸の元となった物語なわけ。」

 

まだ微かに火薬の匂いを風が運んでくる。

闇夜に蝶々がはためいている。

空を見上げるとキラキラと天の川が瞬く。織姫と彦星が見える。あの2人もそんな血潮を追い求め、永遠にその半身を夢見てるのだろうか。

っと、そんな余韻に浸っていると、後ろから「トォーーー!」という掛け声と共にまさかのプロレスキック。

大きく前に倒れ、何が起きたか理解すべく振り返ると浴衣を着た乙女がピースをして満面の笑みを浮かべていた。何かごにょごにょ言っていたが何だか分からなかった。

やれやれ、とんだ織姫さんだことだ。

 

 

 

そして次の日

何の前触れも無く、彼女は消えた。

 

文字通り消えたのである。

 

 

 

 

 

【街】

 

 

朝日が射すと街が霧の中に幻のように浮かび上がる。

この街の朝は常に霧がかっていた。

薄暗い中、ぼんやりと光る街路灯の灯りが一つ一つ消えていき、それと呼応するように街が朝焼けに染まっていく。

人々は白い息を吐きコートを羽織る。誰もが一言も喋らずに自分の仕事場へと向かう。服の擦れる音、地面を歩く音、霧を飲む息使いだけが聞こえてくる。

この街ではそれぞれ仕事を与えられる。

僕に与えられた仕事は、街と森の間にある野原で、そこに咲いている草花の唄を集める事。

十日に一度来るか来ないかの割合でアリビノザトウクジラが雨を降らす。その雨には古い記憶と古い唄が混ざっていて、僕は古い唄を集める。古い唄を集めながら鼻歌を歌う。古い唄が集まるとぼんやりとした光になる。その光は空高く舞い上がり影が居る施設の遥か上空を飛び、森の奥へと消えていく。

そんな毎日を送りながら、影の事を思っていた。

 

 

つづく

 

 :弐幕

 


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