弐幕:あの時のアイデンティティ(ドラクエ風味)

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 :壱幕

【斜陽】

 

 

遠くの森が黒い塊となって、オレンジ色の夕焼けが儚さを引き立てる。美しい鳥達は、その塊りにぼやけて消える。隙間なく重なり合う山のシルエットもすぐに闇に沈んでしまうのだろう。

僕はこの時間を何度も繰り返し見ていた。

 

街と森の間にある、影の居る施設を覗く。

この街には色々な種族がそれぞれの仕事をしている。なので色々な種族の影もこの施設で生活している。

大きいゴツゴツした影はゴーレムだろうし、ふわふわ浮いているのはホイミスライム。僕と同じスライムも沢山いる。勿論人間の影も共同している。

僕がこの街に入った時の門番も、ここの施設で寝泊まりしているようだった。

しかし最近僕の影は見当たらなかった。

 

「影は死ぬと森へ捨てられる」

「森へ行くと心が奪われる」だから誰も森へ近づかない。

そんな話を食堂で耳にした。

 

僕は不安だった。以前は施設を覗くと僕の影が居ることが分かった。しかしもうずいぶんと影の事を見つけられないままだったからだ。

そんな矢先、僕の影が体調を崩してるから会ってくれと門番が話しかけてきた。

 

 

 

 

 

【神社】

 

 

彼女と登った高台の近くには、古い忘れさられたような小さな社(やしろ)がある。地元では二柱神社(ふたはしら じんじゃ)と呼ばれていた。

一週間後に控えた花火大会について資料を作り、町の広報に載せ地域活性化を目指そうという、半強制的に課題を出されたので、花火大会のルーツを調べる為に図書館に来ていた。

 

少し盆地になっている所に町の図書館がある。田舎町には勿体ないと思えるほど立派な図書館だ。

大きな自動ドアが開き中へ入る。カウンターにいる受付の女性と目が合ったので軽く会釈をした。

町の歴史や資料コーナーから古そうなものをいくつか選び、机に広げる。

 

イザナギノミコトとイザナミノミコトという男女の若者が居た。二人は恋焦がれる仲であったが戦で離れ離れになってしまった。戦いの最中イザナミは毒の流れ矢で死んでしまう。イザナミの遺体にすがって泣いていると、彼の目から翡翠色(ひすいいろ)の涙が落ちた。その涙は二つに別れ、一つは大地へ、もう一つは深き海へ宿した。悲しみに項垂れるイザナギに神は言った。

「地と海に宿した欠片が天に響くとき奇跡を与えん」

イザナギイザナミを死に追いやった射手の首を墓標に添えた後、その生涯に掛けて翡翠色の欠片を探した。大地に宿し欠片を見つけるも、海に宿し欠片は見つけられず、二人の魂は一つになることが出来ないままイザナギは死んでしまった。

人々は二人の無念を晴らすべく神として崇め、二本の矢に火を付け空高く放ち鐘を鳴らした。二人の願いが成就するようにと。江戸時代になると火薬が広まり花火を打ち上げるようになった。

ーー花火大会の日に想いを伝えると願いが叶うーー

昔はそんな言い伝えがあったらしいが、今は時代と共に消えていってしまったようだ。

 

彼女が高台で話した"運命の赤い糸”とも何か繋がりがあるように思えた。

 

 

 

 

 

【施設】

 

門番に案内され施設の中に入る。

外から見るよりも中は広く冷たく感じた。

細長い通路を歩き小さな部屋の前で立ち止まる。「彼は弱ってるがアンタと話したいと言ってた」と僕の肩を軽く叩き、元来た場所へ帰って行った。

軽くノックをして部屋に入る。

部屋にいる影に僕は話しかける。

 

「やあ。」

「やあ」

 

「僕はキミの事をよく知っていて、僕はキミと同じで、キミは僕の影なんだ。」

影は頷く。

「ボクはキミの事をよくは知らないけど、ボクはキミと同じで、ボクはキミの影なんだ」

僕は頷く。

「体調は大丈夫かい?」

「何か最近調子がおかしいんだ。たぶん…アレを無くしたからだと思って」

「アレって、なんだい?」

「キミとボクにとって、とても大切なものさ」

僕は考えるが分からない。

「キミと別れた後この施設に来る途中、門番の人と森に立ち寄ったのさ。おそらく森で落としたんだと思う」

「森……。」

少しの沈黙

「だけどボクにとってもキミにとっても、とても重要なものだから探して来て欲しいんだ!」

 

ー影は死んだら森に捨てられるー

ー森へ行くと心が奪われるー

 

「いったい何を探してくればいいんだい?」

「行けば絶対に分かるさ!」

 

施設を後にすると、僕は闇夜に包まれてる森へ向った。

 

 

 

 

 

【真夜中】

 

 

真夜中に目が覚めた。

時間を確認する為にスマホの電源を入れる。暗闇に慣れた目には、ブルーライトの灯りが瞼の裏に緑色の残像を焼き付ける。

午前2:00だった。

夜の虫の鳴き声は心地よく聞こえるが、眠れない夜には少々うるさく感じるものだ。

 

もう一度寝ようと目を閉じるとLINEメッセージが届いた。こんな時間に誰だよと思い画面を見た俺は一気に脳が覚醒した。

栞からだった。

 

__私は居るよ。あなたの半身を探して♡(笑)

 

なんなんだよ久々の連絡が、そのふざけた文面は!やっぱそうだ!あの時から何も変わっちゃいない!勿論すぐに返信したけど既読にはならなかった。

しかし彼女は居る。どこか現実に存在している!

しかしどうすれば彼女に辿りつける!?

 

完全に目が冴えてしまった俺は、母を起こさないようにゆっくりと玄関のドアを開ける。ギィー…と軋む音が響いたが大丈夫だった。

外へ出ると、いつもよりやけに大きい満月が暗闇を薄く照らしている。

宛てもなく歩く。

月明かりをキラキラと反射して銀色に光る蝶が目の前を飛ぶ。気付くと彼女の家の近くまで来ていた。

ふーっとため息が出る。栞の家まで来てしまった。大体今何時だと思ってるんだ…ここに居ないのは分かってる。とりあえず一旦家に帰って明日また来てみるか。

帰ろうと踵(きびす)を返すと草むらがゴソゴソと音を立てて動く。少し驚いたが、どうせ猫か何かだろうと思い身構える。しかし目の前に現れたのはドラクエに出てくるスライムだった。

「イジメないでっ!僕は悪いスライムじゃないよっ!」

慌てるスライムに俺は敵対する意図は無い事を伝える。

「よかったー。ところで大変なんだ!現実と魔法世界のゲシュタルトが崩壊してしまったんだ!」

…よくわからない。

「つまり二つの世界が混ざって一つになってしまったんだよ!現にキミは僕を見ても驚かないだろう?」

そーいえばスライムを見ても至って普通だ。

「そのゲシュタルト崩壊のトリガーになったのが桐谷栞なんだ!」

……え?

「桐谷栞の持つ力は元々一つだった。その半分を失った力は自ら閉鎖空間を創り出し暴走を始めてしまったんだ!今は森の奥深くに閉じ込められ眠っている。だから桐谷栞の半身であるキミの力が必要なんだ!」

そこからスライムは現状の経緯と、これからどうすれば良いか。そして俺と栞は禁断の実を手にしエデンから追放された使者で特別なチカラを持っている。という説明を聞いた。

「なのでキミはその力をコントロールする為、明日から魔法学校へ行って欲しいんだ!

手続きはもう済ませてあるから大丈夫!」

 

こうして俺は魔法学校へ行く事になった。

 

 

昼間は全日制の高校へ行かなくてはならないので、”夜間の魔法学校”へ入学という、いささかマニアックな設定になってしまった。

 

ゲシュタルト崩壊後の世界ー

 

確かに町並みは現実と魔法世界がごちゃまぜになったような感じだった。剣介も相変わらずバンドをやっているが、その傍らモンスター討伐のバイトもしていた。そして入学の初日を迎える。

やはり入学初日というのは緊張する。しかし夜間というのに日中のように明るいのは、さすが魔法学校。プラトンの洞窟の比喩もこんな風になっているのかもしれないなと思った。

勇み足。

本来勇み足の行き着く先は敗北だ。しかしそんな結果なんて考える事すら忘れ俺は歩く。

ともあれこれで彼女のいる世界への扉が開けた。

未来は分からない。

しかし、だからこそ自分で切り開き絶対に彼女を取り戻してみせる!

やっとたどり着いた道に、希望に胸を輝かせていた。

 

 

 

 

目が覚める。

 

時計を見たら午前2:00。

 

 

ベットの上を起き上がる。

秒針の刻む音が暗闇に響きわたる。

携帯を見たら誰からもLINEは届いてなかった。

 

ゆっくりと笑いが込み上げると同時に涙が頬を流れていった。

 

 

その時、

部屋の片隅に何かがぼんやりと光るものがあった。

 

 

 

 

 

つづく

 


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